社員面談・適性診断・法人向けコーチングを受託する契約書

契約を結ぶのは会社と受託者ですが、話し、データの元になるのは社員です。契約の当事者でない社員の情報を、どこまで会社に出すのかを最初に決めます。

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「面談の内容を会社に報告する」の一文だけでは、社員の発言をそのまま渡すのか、傾向だけを渡すのかが決まりません。

このページの要点

  • 会社への報告を、個人の発言、個人別の診断結果、全体の傾向の3つの層に分け、渡す範囲と様式を決める。社員への説明は会社の義務として契約に入れる。
  • 社員の診断結果や面談記録は、会社からの委託として預かる個人データ。利用目的、保管、再委託、本人への開示、返還と消去を決める。
  • 受託者がキャリアコンサルタントなら、法定の守秘義務(職業能力開発促進法30条の27第2項)と会社が求める議事録・録画を、事務的な記録と内容の記録に分けて調整する。
  • 診断レポートの仕様、中間の確認、キャンセルの期限は時刻と起算点まで書く。医療・心理療法、法定のストレスチェック、人事評価との線を定義に書く。

結論:会社・社員・受託者の三者関係を描き、「会社に報告する線」を最初に決める

企業が外部の専門家に、社員への個別面談、適性や資質の診断、管理職や経営層へのコーチングを頼むとき、契約書を結ぶのは会社と受託者の二者です。しかし、実際に話し、データの元になるのは社員です。社員は契約の当事者ではないのに、発言や診断結果という最も繊細な情報の持ち主になります。ここに、この種の契約に特有の難しさがあります。経営コンサルや顧問契約では、顧客は契約をした会社ですが、社員面談の受託では「契約した人」と「話を聞く人」が別だからです。

事務所が確認した書類を並べると、論点は次の5つに整理できました。①面談で聞いた内容を、会社にどこまで報告するのか。②社員の診断結果や面談記録を、会社からの委託として預かるのか。③受託者がキャリアコンサルタントの場合の法定の守秘義務と、会社が求める議事録や録画との調整。④診断レポートなどの成果物の仕様、日程のキャンセル、途中で終わったときの精算。⑤医療や心理療法、人事評価との線引き。以下、順に見ていきます。受託者の業務の範囲と資格者の業務との線引きの一般論は業務範囲と顧問の範囲のページ、秘密保持と個人データの一般論は秘密保持と生成AIのページで扱っています。

社員面談・診断の受託:三者の関係と、それぞれの約束

会社(発注者)

受託者と契約する当事者

  • 対象の社員と日程を決め、費用を払う
  • 報告書の宛先になることが多い
  • 社員に対して、面談の目的と報告の範囲を説明する立場

受託者

診断・面談を行う人(個人または会社)

  • 診断、面談、レポート、総括報告を行う
  • 社員の個人データを預かる
  • キャリアコンサルタントなら、法定の守秘義務を負う

社員(面談を受ける人)

契約の当事者ではない

  • 発言や診断結果は、本人の個人情報
  • 会社への報告の範囲、結果の開示、記録の扱いに利害がある
  • 面談を受けることへの不安を抱えやすい
  • 会社と受託者業務委託契約(多くは準委任)。業務の範囲、報酬、成果物、会社への報告の範囲を決める。
  • 受託者と社員契約関係はない。ただし、守秘、説明、結果の開示といった社員への約束は、会社との契約に入れるか、別の説明書・同意書で補う。
  • 会社と社員雇用関係。面談を受けることが任意か業務上の指示かは会社の事情で、受託者の契約書では決められない。確認しておくことはできる。

会社との契約だけを整えても、社員への説明が欠けていると、面談の場で率直な話が出ず、報告の内容も歪みます。契約書と説明書をあわせて設計します。

事務所が確認した書類は、次の5種類です。

事務所が確認した、社員面談・診断・コーチングの契約書
書類受託者契約書で目立った点
企業向けの適性診断と社員面談の業務委託契約書(レビューと質問への回答)診断・面談の事業者診断の実施、社員の個別面談、診断結果の分析とレポート、上長の面談、結果の説明、総括報告を2か月で行う。成果物の仕様や中間確認、中途終了時の精算、秘密情報の定義と返還・消去が不足していた
キャリア面談を受託する業務委託契約書(レビュー)個人のキャリアコンサルタントキャンセルの日数の起算点、議事録・録画の作成、成果物の権利、競業避止、広報での氏名や経歴の利用が論点だった
人事・組織開発のコンサルティング契約書(生成AIで作られた原案の改訂)コンサルティング会社資格者の業務との線引き、中途解約の違約金、追加費用表、受託者のノウハウの帰属を整理した
法人向けの対話型コーチング・組織支援サービスの誓約書(レビューと修正版)サービス提供者セッションの記録と社内共有の制限、メッセージによるサポートの条件、キャンセル料、医療・心理療法・人事評価を含まない旨の定義
事業者向けオンラインコーチングの基本契約・個別契約(法人向け・個人向け)コーチ基本契約と個別契約の優先関係、コーチングに含まれない業務、未消化のセッションの扱い

当事者の名称や金額は載せていません。

会社に何を報告するか:個人の発言、診断結果、全体の傾向を分ける

この種の契約書で最初に決めるのは、会社に渡す情報の線です。「面談の内容を報告する」の一文では、社員の発言をそのまま会社に伝えるのか、診断結果を一人ずつ渡すのか、全体の傾向を要約するのかが分かりません。報告の対象は、次の3つの層に分けると整理できます。

会社への報告:3つの層
層中身会社への出し方の例気をつける点
個人の発言面談で社員が話した内容そのもの原則として渡さない。渡すなら本人の同意を得て、要約または匿名にする本人が話した内容を、本人の知らないところで上長や人事が読むと、面談の信頼が失われる
個人ごとの診断結果適性診断の個人別の結果や、面談を踏まえた個人別の所見本人への説明を先に行い、会社に渡す範囲について本人の了解を取る。用途を決める診断結果が人事評価や配置の判断に使われるのかを、会社に確かめておく
全体の傾向対象者全体で見える課題、強み、組織の傾向個人が特定できない形に集計して総括報告で渡す対象者が少人数だと、集計しても誰の話か推測できる。人数が少ないときの出し方を決めておく

法人向けの対話型コーチング・組織支援の誓約書は、この線を具体的に定めていました。提供するサービスの内容に「個人が特定されない形式による抽象化されたフィードバックの提供」を入れ、委託者側がセッションの内容を社内に共有する必要があるときは、受託者の書面による事前の承諾を得たうえで、内容を抽象化・一般化して個人が特定できないこと、共有する範囲を必要最小限の社内関係者に限り、限定公開の社内文書のような管理された手段を使うこと、情報の保存期間と削除の方法を別途協議して決めること、の3つを満たす形で行うと定めています。会社が受託者に頼む立場なのに、受託者が会社の社内共有に条件をつけているのは、セッションが「信頼に基づく対話の場」だからです。

条文例会社への報告の範囲(受託者側のひな形として事務所が組む形)

  1. 乙は、甲に対し、対象者全体の傾向を、個人が特定されない形に集計し、要約した総括報告として提出する。
  2. 乙は、対象者個人の発言の内容及び個人別の診断結果を、当該対象者の同意がない限り、甲に提供しない。同意を得て提供する場合は、提供する内容及び範囲を書面で特定する。
  3. 甲は、対象者に対し、面談及び診断の目的、乙が甲に報告する内容の範囲並びに対象者の個人情報の取扱いについて、面談の前に説明する。
  4. 甲は、乙から提供を受けた内容を、第1項及び第2項に定める目的以外に使用しない。

書き方の要点第3項は、社員への説明を会社の義務として契約に書くものです。受託者は社員と契約していないため、説明の機会を持つのは会社です。第4項の目的の限定は、会社の側が結果を人事の判断にどう使うかの確認とあわせて決めます。

もう一つ、サービスの定義の中で、人事評価や査定を目的としないことを明示する書き方があります。法人向けの対話型コーチングの誓約書は、サービスの定義の中に、医療行為、診断、治療、心理療法、または人事評価・査定を含まず、これを目的とするものではない、と書いていました。社員が評価につながると思えば、率直な話は出てきません。サービスの目的を評価ではなく本人の自己認識や課題の整理に置くことは、報告の線を決めることと表裏の関係にあります。

従業員の個人データ:委託として預かり、本人への開示と返還・消去まで決める

社員の診断結果や面談の記録は個人情報です。会社が受託者に社員の氏名や部署を渡し、受託者が診断や面談を行うのは、会社が個人データの取扱いを受託者に委託する形になるのが通常と見られます。個人情報保護法は、委託先に提供する場合を、本人の同意が要る「第三者への提供」とは扱いません(27条5項1号)。ただし、利用目的の達成に必要な範囲内の委託であることが前提で、会社は委託先に対する必要かつ適切な監督を行わなければなりません(25条)。契約書には、次の事項を置きます。

  • 預かる個人データの項目(氏名、部署、診断結果、面談の記録など)と、利用目的。個人情報を取り扱うときは、利用目的をできる限り特定する必要があります(17条)。
  • 安全管理の措置。個人データの漏えいなどを防ぐために必要かつ適切な措置を講じる義務があります(23条)。保管の場所、アクセスできる人、クラウドの利用の可否を別紙に落とします。
  • 受託者が自社の統計、研究、サービスの改善のために使えるかどうか。使えるなら、会社が預けた個人データの範囲を超えるため、個人が特定されない形に加工することと、会社の承諾を要件にします。
  • 再委託する場合の承諾と、再委託先への同等の義務の付与。
  • 漏えいなどの事故があったときの報告。

面談では、社員が健康、家庭の事情、過去の経歴などを話すことがあります。個人情報保護法は、本人の人種、信条、社会的身分、病歴、犯罪の経歴などの記述を含む個人情報を「要配慮個人情報」として、取得に本人の同意を原則として求めています(2条3項、20条2項)。面談で自然に出てくる話を、記録に残すのか、残さないのかを、あらかじめ決めておく必要があります。事務所のレビュー報告書でも、面談の記録の取扱いは、秘密情報の定義、返還・消去の義務、契約終了後も続く期間とあわせて、別の条に整理するよう指摘しました。

社員の個人データの流れと、契約書で決めること

  1. 取得:社員への説明と同意面談の前に、利用目的、報告の範囲、記録の有無、保存の期間を社員に伝える。伝える主体は会社とし、説明書の案を受託者が用意する形もある。
  2. 利用:目的の範囲に限る診断、面談、レポートの作成、総括報告のために使う。受託者が自社の事業のために使う場合は、別に承諾を要する。
  3. 保管:場所とアクセスを決める保管の場所、アクセスできる人、再委託の可否、持ち出しの禁止を決める。
  4. 開示:社員本人から求められたとき受託者が直接開示するのか、会社を通すのかを決める。会社との契約で、受託者が本人に結果を開示すると約し、本人が受益の意思を示した時点で本人に請求権が生じる形(第三者のためにする契約。民法537条)にすることもできる。
  5. 終了:返還と消去契約の終了時に、預かったデータと複製を返還または消去し、完了を書面で報告する。消去の方法(電子データの完全消去など)と期限を決める。

本人の開示の求めに応じる義務は、個人情報保護法が会社(個人情報取扱事業者)に課すものです(33条)。受託者が直接応じるのか、会社に取り次ぐのかは、契約で役割を決めておきます。

法人向けの対話型コーチングの誓約書は、返還と消去について、契約が終わったとき、または情報の利用目的が終わったときは、相手方の指示に従って秘密情報と複製を返却または破棄し、完了を証する書面を提出する、と定めていました。守秘義務は契約終了日から5年存続します。書面で消去を証明する仕組みは、社員の情報を扱う契約では特に重みがあります。

キャリアコンサルタントの法定の守秘義務と、議事録・録画の調整

面談の受託者がキャリアコンサルタント(国家資格の名称。登録を受けた者。職業能力開発促進法30条の19)であるとき、契約とは別に、法律そのものが守秘義務を課しています。職業能力開発促進法30条の27第2項は、キャリアコンサルタントは、その業務に関して知り得た秘密を漏らし、または盗用してはならず、キャリアコンサルタントでなくなった後も同様だと定めています。キャリアコンサルティングとは、労働者の職業の選択、職業生活設計、職業能力の開発・向上に関する相談に応じ、助言と指導を行うことです(同法2条5項)。また、キャリアコンサルタントでない者は、この名称またはこれに紛らわしい名称を用いてはならないとされています(同法30条の28)。受託者の肩書を契約書や提案資料に書くときは、この点も確かめます。

問題は、会社が求める報告や記録との衝突です。個人のキャリアコンサルタントが受けるキャリア面談の業務委託契約書(事務所のレビュー対象)は、報告義務の条で、会社から求めがあったときは速やかに報告し、必要な議事録の作成や録画などの記録を行うと定めていました。そのうえで、守秘義務と個人情報の条では、相談者の私的な情報を高い倫理水準で保護することが書かれ、安全管理措置の具体的な内容は別に定めるとされていました。事務所のレビューは、記録の対象と保存の期間、保存する主体、記録媒体が不明確であること、安全管理措置の具体的な内容が契約書のどこにもないことを指摘し、別紙に落とすことを提案しました。

法律上の守秘義務に、会社への報告を理由とした例外は書かれていません。会社に出す情報の線は、契約の定めに頼るだけでなく、相談を受ける社員の了解を取る手順として組み込みます。調整のしかたは、次の3つです。

  1. 記録を「事務的な記録」と「内容の記録」に分ける。日時、所要時間、実施の有無といった事務的な記録は会社に提出し、相談の内容に踏み込む記録は、要約または匿名にして、本人の了解の範囲で渡す。
  2. 録画は原則として行わない。行うのであれば、対象の社員の事前の同意、保存先、保存の期間、閲覧できる人を決める。個人情報は、偽りその他不正の手段で取得してはならないとされています(個人情報保護法20条1項)。
  3. 会社に出す報告の様式を、契約の別紙で決めておく。どの項目を、誰に、いつまでに渡すかを特定し、様式にない内容の報告を求められたときは、受託者が断れるようにする。

条文例記録と録画の定め(受託者側のひな形として事務所が組む形)

  1. 乙は、面談の日時、所要時間及び実施の有無を、甲に対して書面で報告する。
  2. 乙は、面談の内容に関する記録を作成する場合は、対象者の同意を得た範囲で、乙が管理する。乙は、甲に対し、面談の内容を、対象者が特定されない形に要約した報告を提出することができる。
  3. 乙は、面談の録音又は録画を行わない。甲が録音又は録画を求める場合は、対象者の事前の同意を得たうえで、保存先、保存期間及び閲覧できる者を書面で定める。
  4. 前三項は、乙が法令に基づき負う守秘義務を免除し、又は制限するものではない。

書き方の要点第4項は、契約の定めが法律上の守秘義務を超えて報告を求める根拠にならないことを確認する条項です。受託者がキャリアコンサルタントでない場合は、第4項を、契約上の守秘義務を軽くしない旨に読み替えます。

逆方向の制限も、法人向けコーチングの誓約書にありました。この書類は、委託者側が、セッションの録音、録画、スクリーンショットの取得、AIや自動の文字起こしツールの使用、全文記録などを、受託者の事前かつ書面による承諾なく行うことを禁じています。受託者の内容の無断の記録が、外に出ることを防ぐための定めです。記録の可否は、受託者から会社への記録と、会社から受託者への記録の、両方向で決めます。

受託者が個人(従業員を使用しない事業者)のときは、フリーランス法の適用も確認します。業務委託事業者は、給付の内容、報酬の額、支払期日などを、書面または電磁的方法で直ちに明示しなければならず(特定受託事業者に係る取引の適正化等に関する法律3条)、委託する会社が従業員を使用しているときは、さらに報酬の支払期日を、役務の提供を受けた日から60日以内で、できる限り短い期間内に定めなければなりません(同法4条)。支払期日の書き方は報酬設計のページにあります。

成果物・日程・出来高の精算:キャンセルの日数は起算点まで書く

企業向けの適性診断と社員面談の契約書は、業務を、診断の実施と結果の書面(PDF)の発行、対象社員の個別面談、診断結果の分析とレポートの作成、上長の面談、結果の説明、総括報告の実施とし、1か月目に診断・面談・レポート、2か月目に上長の面談・結果の説明・総括報告、という日程を置いていました。事務所のレビュー報告書は、この契約書の弱点を、次のように整理しました。

診断・面談の受託:事務所のレビューで指摘した点
論点指摘直し方の方向
業務の特定「適性診断・面談支援パッケージに関する業務」という書き方では、中身が特定できず、後から範囲を争われる業務の中身を別紙の仕様書に書き、仕様書を変えるときの手続を決める
成果物の仕様診断結果の体裁、面談記録の様式、レポートの構成が書かれていない成果物ごとに、形式、構成、納品の手段(電子納品など)を特定する
確認の手順途中の成果物(仮のレポートなど)を委託者が確認する手続がない中間の確認と修正の依頼の期間を設ける
期限の書き方「遅滞なく」では期限がはっきりしない「完了から○営業日以内」のように、日数で書く
終了時の精算契約が途中で解除されたときに、報酬の精算や未実施の業務の扱いが書かれていない実施済みの割合に応じた精算の計算方法を定める
成果物の権利「目的の範囲内で利用できる」では、社外への提供や関連会社での利用が争いになる複製、改変、社外提供、第三者への提供、関連会社での利用を個別に決める

成果物の定義にも注意が要ります。個人のキャリアコンサルタントが受けた契約書では、成果物の権利がすべて委託者に帰属し、受託者がポートフォリオとして利用するにも事前の許可を要する形でした。事務所のレビューは、「成果物」が受託者の作成した中間資料や面談のログ、テンプレートまで含みうる広い定義であることを指摘しています。面談のログは社員の個人情報でもありますから、著作権の帰属の問題とは別に、個人データとしての取扱い(前の節)で規律する必要があります。成果物の権利の一般的な考え方は成果物・知的財産のページに譲ります。

日程のキャンセルの書き方は、書類ごとに違いました。

面談・セッションのキャンセルの書き方の比較
書類期限と料金書き方の要点
個人のキャリア面談の受託実施予定日の5日前までのキャンセルは委託料が発生せず、4日前以降は発生する日数の数え方(起算点、終日扱い、休日を含むか)、通知を受けた時刻、日程を同時に再調整したときの証拠の残し方が書かれていなかった
法人向けの対話型コーチング開始予定時刻の24時間前まで。それ以降は対価の50%と、手配済みの実費通知は相手方に到達した時点で効力が生じる。やむを得ない事情は協議し、振替は30日以内を目指す
事業者向けのオンラインコーチング実施予定日の前日まで。それ以降は実施済みとみなす天災など、やむを得ない事由があると受託者が認めたときは、協議して振替などを行う

表の3例から分かるのは、日数で書くなら、数え方まで書かないと意味がないということです。「5日前まで」が、予定日の5日前の何時までなのか、日曜日を含めて数えるのか、メールが届いた時点なのか送信した時点なのかで、結論が変わります。期限は「時刻」で書く、通知は「到達した時点」で効力が生じるとする、再調整の合意は記録に残す、という3点をそろえて書くと、争いを防げます。

途中で終わったときの精算は、報酬の計算の方法を、工程の割合で決めておきます。準委任では、委任が履行の中途で終了したときは「既にした履行の割合に応じて」報酬を請求できます(民法648条3項2号)。診断の実施、個別面談、レポートの作成、結果の説明、総括報告という工程ごとに割合を決めておけば、2か月の途中で終了したときも、実施済みの部分を説明できます。契約全体の精算の組み立ては、中途解約・更新・精算のページが詳しく扱っています。

範囲の線:医療・心理療法、ストレスチェック、人事評価、規程の作成

最後に、範囲の線です。社員への面談や診断は、医療や心理療法、法定の検査、人事の判断などと隣り合うため、契約書の上でどこまでを業務に含めないかを書いておきます。

まず、医療行為との線です。医師法17条は、医師でなければ医業をしてはならないと定めています。適性や資質を調べる診断は、疾患の診断や治療とは別のものですが、「診断」という言葉は誤解を招きます。法人向けの対話型コーチングの誓約書は、サービスの定義で、医療行為、診断、治療、心理療法を含まず、これを目的とするものではない、と明記していました。事業者向けのオンラインコーチングの基本契約も、コーチングの業務に、医療行為、心理療法、法律や投資に関する助言、経営判断の代行その他これらに類する行為を含まない、と書いています。提案資料や説明書でも、「治療」や「改善」「治る」といった言葉を使わず、契約書の定義と表現をそろえます。

次に、法定のストレスチェックとの線です。労働安全衛生法66条の10は、事業者が労働者に対し、医師、保健師その他の厚生労働省令で定める者による、心理的な負担の程度を把握するための検査を行うことを定め、その結果は、検査を行った医師等が本人の同意を得ないで事業者に提供してはならない、としています(同条1項、2項)。社員面談や適性診断は、この法定の検査ではありません。法定の検査として実施している、または代わるものである、と受け取られないように、契約書や説明書で区別しておきます。会社に個人の結果を渡すときは本人の同意を前提にする、という考え方も、この条文の仕組みと整合します。

さらに、人事の判断との線です。受託者が人事制度の設計を支援する場合も、助言、論点整理、構成案、たたき台の提示までとし、規程そのものの作成は業務に含めない、という作業の種類による線引きが基本です。その具体的な書き方は業務範囲のページの改訂例にまとめています。面談や診断の結果が、会社の評価や処遇の決定に使われるかどうかも、ヒヤリングで必ず確かめます。使われるなら、社員への説明の内容が変わり、受託者の契約書の報告の範囲も変わるためです。

契約の構造にも、一点触れておきます。事業者向けのオンラインコーチングは、基本契約と、案件ごとの個別契約の二層で結ぶ形でした。事務所の納品版は、個別契約の内容が基本契約と食い違うときは、個別契約が基本契約の該当条項を明示的に特定し、異なる定めをした場合に限り、その範囲で個別契約が優先する、と定めています。この書き方にすると、個別契約の記載で、基本契約の成果の非保証や責任の制限が、知らないうちに上書きされることを防げます。成果を保証しない書き方は成果を保証しない条項のページに譲ります。

事務所が最初に確かめること

社員面談・適性診断・法人向けコーチングを受託する契約書では、会社の事情と、受託者の立場の両方を最初に聞きます。

ヒヤリングの問い三者関係の契約を組む前に確かめること

  • 問誰が面談を受け、会社は結果を何に使いますか。人事評価や配置の判断に使いますか。

    理由報告の範囲、社員への説明の内容、サービスの定義(評価を目的としないか)が決まります。

  • 問会社に、何を、どの形で報告しますか。個人の発言を渡しますか、全体の傾向だけにしますか。

    理由報告の3つの層(個人の発言、個人別の診断結果、全体の傾向)のどこまでを渡すかを決め、様式を別紙にします。

  • 問社員への説明は、誰がいつ行い、同意はどう取りますか。

    理由説明を会社の義務として契約に入れ、説明書の案を用意するかを決めます。面談を受けない社員の扱いは、会社の側の事情として確認します。

  • 問預かる個人データは何で、どこに保管し、いつ消しますか。診断結果は社員本人に開示しますか。

    理由個人データの項目、保管の場所、再委託の可否、消去の期限、本人への開示の方法を決めます。

  • 問受託者は、キャリアコンサルタントですか。会社は、議事録や録画を求めていますか。

    理由法定の守秘義務との調整が必要かどうかが分かります。記録の対象、保存の期間、録画の可否を決めます。

  • 問成果物は何で、中間の確認はありますか。途中で終わったら、どう精算しますか。

    理由診断レポート、面談記録、総括報告の仕様と、工程ごとの割合を決めます。

  • 問日程のキャンセルの期限は、いつからいつまでを何日として数えますか。

    理由期限を時刻で書き、通知が届いた時点で効力が生じるものとし、再調整の記録の残し方を決めます。

  • 問医療や心理療法、法定の検査、人事の規程の作成は、業務に含みますか。

    理由含めないものを定義と除外業務に書き、説明書や提案資料の表現をそろえます。

起きがちなこと

社員面談・診断・コーチングの契約書で、事務所が繰り返し見てきたこと

  • 「面談の内容を会社に報告する」とだけ書かれ、個人の発言をそのまま渡すのか、傾向だけを渡すのかが決まっていない。
  • 社員に対する説明が、会社と受託者のどちらの役割かが決まっていないまま、面談の日を迎えている。
  • 診断結果が、人事評価や配置の判断に使われるのに、受託者は知らされていない。
  • 対象の人数が少ないのに、「全体の傾向」の報告で、誰の話か推測できてしまう。
  • 秘密情報の定義、返還・消去の義務、契約終了後も続く期間が、守秘義務の条に書かれていない。
  • キャリアコンサルタントの法定の守秘義務と、会社が求める議事録や録画の要求が、契約書の上で調整されていない。
  • 成果物の定義が広く、面談のログやテンプレートまで委託者に移ってしまい、個人情報としての取扱いも決まっていない。
  • キャンセルの期限が「5日前」「24時間前」とだけ書かれ、起算点、時刻、休日の扱い、通知の到達の時点が決まっていない。
  • 「診断」「治療」「改善」のような医療を思わせる言葉が、提案資料にあり、契約書の定義と食い違っている。
  • 基本契約で成果の非保証や責任の上限を定めたのに、個別契約の記載がそれを上書きしている。

よくあるご質問

社員との面談の内容は、会社にどこまで報告してよいですか。

契約書の上で、報告の対象を「個人の発言」「個人別の診断結果」「全体の傾向」の3つの層に分けて決めます。事務所が確認した書類では、会社に渡すのは個人が特定されない形に集計した総括報告を基本とし、個人の発言や個人別の結果は、本人の同意を得た範囲で、提供する内容と範囲を書面で特定する、という設計が多くありました。対象者が少人数のときは、集計しても個人が推測できるため、出し方を別に決めます。

キャリアコンサルタントが、会社から面談の録画や議事録の提出を求められたら、どうなりますか。

キャリアコンサルタントは、業務に関して知り得た秘密を漏らしてはならず、資格を離れた後も同様です(職業能力開発促進法30条の27第2項)。条文には、会社への報告を理由とする例外が書かれていません。契約書では、日時や所要時間のような事務的な記録と、内容の記録を分け、内容は要約や匿名にして本人の了解の範囲で渡す、録画は原則として行わず、行うなら本人の事前の同意と保存の条件を決める、という調整が考えられます。

適性診断の結果を社員本人に直接開示するには、会社との契約にどう書きますか。

社員は会社と受託者の契約の当事者ではないので、本人への開示を受託者が直接行うのか、会社を通すのかを契約で決めます。受託者が社員本人に結果を開示すると約する条項を置いて、本人が利益を受ける意思を示した時点で本人が請求できる形(第三者のためにする契約。民法537条)にする方法もあります。個人情報保護法は、本人からの開示の請求に応じる義務を会社(個人情報取扱事業者)に課していますので(33条)、役割の分担を決めておきます。

面談を会社が社員に受けさせるとき、受託者として気をつけることは何ですか。

面談を受けるかどうかは会社と社員の間の事情で、受託者の契約書では決められません。受託者として確かめるのは、面談の目的と、会社に報告する範囲を、会社が事前に社員へ説明することです。この説明を会社の義務として契約書に入れ、説明書の案を用意しておくと、面談の場で社員が率直に話せます。結果が人事評価や処遇に使われるかどうかも、最初に確認します。

適性診断という言葉を使うと、医師法に触れますか。

医師法17条は、医師でなければ医業をしてはならないと定めており、疾患の診断や治療を行うことは医業にあたり得ます。適性や資質を調べる診断は、疾患の診断とは別のものですが、言葉が誤解を招きます。事務所が確認した書類では、サービスの定義の中で、医療行為、診断、治療、心理療法を含まず、これを目的とするものではないと明記し、提案資料の表現も契約書の定義とそろえていました。

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